大人だからこそ、きれいごとを。

くらし

先日のカンブリア宮殿の告知が革製品がぱっと映ったから、ちょっと気になって録画をしておいたのをやっとこさ観られました。

その日の放送は、ボーダレスジャパンの田口一成さんの回で。

革製品、というのはほんの一部にすぎなくて、もっともっと壮大な事業をしてみえる方でした。

ほとんど自分と年の変わらない田口さんの考え方や方向性、理念、そして「大人がきれいごと言わなくてどうするの?」っていうスタンスに、ものすごく揺さぶられました。

きれいごと、って、子供を育てている時には、教育としてだったり、人としてだったり、

「こういうふうにしなきゃね」

っていう、いわば道徳的なものだと思うんだけど、

子供がおおきくなってくると、いくらそれが道義的であったとしても、それだけでは話が進まない場面も多くなってきてしまうから、なんとなく、「きれいごと」が会話に登場する場面も少なくなってきたりしているのが現状。

でも、「きれいごと」を恥ずかしがったままでいいのかな、という思いはどこかにあって

2人の高校生の長男長女は、選択によってはもしかするとあとほんのちょっとで社会に出る事になるのかもしれない。

そう思った時に、人生の大半を費やす「仕事」「労働」で、どんな事を選んで生きていくのか?

仕事だけじゃなくて、

生きてくうえで「きれいごと」って、大事なことって

子供たちにももっと真剣に考えてほしい。

そう思って、子供が目にする時間帯選んで再度観始めたのに、

高1長女は

これ、おもしろい?

高3長男は

見向きもせず、スマホ観ながらハミガキしてさっさと自室へ。

わたしだけが引き込まれてました。残念。

そして、番組を観ながら、わたしの残りの人生30年?40年?を、どんな方向に進んで行きたいのか、って、今更ながらちゃんと考えたいと。

ただ目の前にある

「やりたい事」

「興味が向いた事」

をやっていくだけじゃなくて、はずかしがらずにもっと壮大に、自分の人生になにかひとつ

「きれいごとをつらぬく」

部分を意識して生きていきたいと。

とはいえまだ何か「これ」というものがあるわけではなく

ボーダレスジャパンのような社会貢献につながるかもわからないけど、

(そしてそこまで壮大ではないとも思うけど、)

引きこもって生活している今だからこそ、頭を使って、アンテナ立てて、日常に戻れた時には、気持ち良いスタートが切れるように

止まって見えても前に進んでいく感覚を忘れずに

毎日を過ごしていきたいな。と、観終わった後の気持ちの高揚感忘れないように、記します。

昔、TVアニメのYAWARA見た後はいつも何かを頑張りたくなったのと、似た感覚w

30年経っても中身変わってないってことか…

どんな人がそれを発信しているかっていうのもやっぱり重要で、

田口さんの、ぼろぼろの自転車とか、無駄に装飾のないラフなスタイルとか(patagoniaのフリース似合ってたなー)

そういう風貌で、堂々ときれいごとをいう。

きれいごとだけど、それを、ただの絵空事に終わらせるわけではなく、ちゃんと事業にしてしまう素晴らしさ。

素敵な方だった。

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